ひな菊と黒い犬

まあまあそこそこほどほど

写経はじめました。

午年が「太陽がもっとも高く上がった状態を意味する年」というので、香取と鹿島の神様が記念行事をやっているなら、他の寺社も似たようなことをしているかも、と調べたら、あるわあるわ・・・。

この一年で全部見るなんてムリ、てくらい出てきた。行事はもとより、御開帳やら、記念品やら、限定御朱印やら・・・(記念行事一度にやるのやめてほしい・泣)

これまで頑なにしてこなかった御朱印、ついに始めてしまったので、そんな記念の年ならぜひ今年にいきたいところたくさんある。でも、私としては、御朱印をスタンプラリーにするつもりはなくて、もう既に何回も行っていて、今後も何回でも行きたいと思う、お気に入りの寺社だけに厳選する予定。

四国遍路をしたときに、88の寺を、すべてがすばらしいとは思えなかった。もちろんすばらしいと思う寺はたくさんある。だけれども、もう一度行きたいと思う寺は数えるほどしかない。

御朱印は、御守や御札と同じで、そこに神様がいる、と思ってる。分身みたいなイメージ。だからこそ、傍に置く御朱印は大切にしたいし、大切にしたいと思える寺社に行きたい。

で、これまでの私の感覚として、神社の御朱印の方は、参拝した記念に、という意味合いが強いのだけれど、寺の方は、修行しましたっていう証拠、という感覚が強い。

なぜなら寺の方は、御朱印帳ではなくて「納経帳」だから。本来、御朱印というものは、納経(写経を奉納する)していただくもの。四国遍路の時は、写経を簡略化させた納札(名前書くだけ)をしただけだったけれど、そのうち写経する気になったらしよう、と思っていた。

だから私にとって、御朱印帳を集める=写経をする、ということなのだ。(そしてだからこそこれまでしなかった)

写経するなら般若心経だし、書くなら般若心経を少なからず理解したいし、自分なりの解釈を持ちたい(意味もわからず文字を書き写すだけというのはしたくない)。

そう思ってたところに、ひろさちやの現代語訳に出会った。訳に全部納得いったわけではないけれども、私が遍路のときにどういう意味だろうと考えながら唱えていた「ぎゃーてーぎゃーてーはらぎゃーてー」を「わかったわかった、ほとけのこころ」と訳したこと、ストンと納得できたのです。この訳にはいろいろ批判もあるようだし、わたしもこれが正解だとは思っていないけれど、私の般若心経に対する理解を大幅に促進させた起爆剤として、ああ、こういう意味だと思って写経したい、という気になったのでした。

さて、それでもまだ写経する気にはならなかったのだけれど、午年記念御朱印ほしいから写経しようかな、と調べていたら、別にペン書きでもなんでもいい、ということがわかった。そうだ、遍路をしてたときも思ったんだった、仏さまたちは案外にいいかげん(良い加減)で、正式なやり方がしたければそうすればいいし、そうでなくても別にかまわないっていうおおらかさがあるってこと。

ここでようやく写経する気になった。そうだ、今まで溜めに溜めてきたお気に入りのレターセットを使って、仏さまにお手紙を書こう!

私は昔から、かわいい紙が好きで、おりがみやらはがきやらレターセットやらをつい買い集めるのだけれども、はがきはともかく、レターセットを使う機会はもうほとんどない。あるときから買わないようにしてきた。それでも捨てられないレターセットが山ほどあるのだ・・。封筒に、奉納と書いて納経できるし、レターセットで写経しよう、と決める。

写経

お手本はネットで探して書き始めたけれども、なんだかうまくいかなくて、思い立って「空海高野山」展(参照)の図録を引っ張り出したら、お気に入りがあったのを思い出したのでコピーとってお手本にしました。重文 霊元天皇宸翰 紺紙金字般若心経(参考)霊元天皇の手。延宝5年に泉涌寺で母親の百箇日法要で書いたもの。

浅草寺御朱印(拡大してみる)

で、一番のお気に入りのお寺、浅草寺に行って、納経してきました。今年限定の印は「午歳結縁」。うわさの紙(左)は、納経した私にもついてきました。吸い取り紙として使われている紙なので、全員配布なのでしょう。こういう文章を入れるといい啓蒙になるのやもしれません(こういうやり方好きではないですが)。

納経帳・御朱印帳

最近は、かわいい御朱印帳も増えてきています。まあ最初はやはり、私にとって人生の大きな指針となった寺社、香取神宮御朱印帳と浅草寺の納経帳からはじめたいと思います。

写経のメリット?集中できるとかボケないとか?ストレス発散になるとか字がうまくなるとか?まあそんなことは、どうでもいいのです。きれいな紙にきれいな字で好きな人に手紙を書きたいって感じなのです。